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房一が云ふと、喜作は突然びつくりするほど大きな口を開けて笑つた。
彼はもう何度も家の内外を行つたり来たりして、「高間医院」のでき上り工合を綿密に眺め歩いていた。新開業の胸のふくらむやうな思ひが、とりとめもない快感が次々と起きて片時もぢつとして居れない風だつた。
それまで房一は、加藤巡査を通じて出張所と話をつけ、何らかの形で収拾させたいと考へていたのである。が、彼の素速い判断力は今はその余裕もないことを見抜いた。
あのことだな、と房一は思つた。訊いてどうかな、とは感じたが、相手があまりさつぱりしているので、
さつきから、日のあたる縁側近くに縫物を持ち出していた盛子は、あんまりびつくりしたのと身体が重いのとで、立上ることを忘れてかう感嘆詞を連発しながら、あの語尾の跳ね上りを少し響かせながら、庭先に現れた人影に向つて目を瞠みはつていた。
「なんですか、御挨拶まはりですかね、それはどうも御苦労さまですなあ。――まあ、お上り下さい」
盛子は時々半ば無意識に呟いた。
前に書いた「な」の字さんの知っているのはちょうどこの頃の半之丞でしょう。当時まだ小学校の生徒だった「な」の字さんは半之丞と一しょに釣に行ったり、「み」の字峠とうげへ登ったりしました。勿論半之丞がお松に通かよいつめていたり、金に困っていたりしたことは全然「な」の字さんにはわからなかったのでしょう。「な」の字さんの話は本筋にはいずれも関係はありません。ただちょっと面白かったことには「な」の字さんは東京へ帰った後のち、差出し人萩野半之丞はぎのはんのじょうの小包みを一つ受けとりました。嵩かさは半紙はんしの一しめくらいある、が、目かたは莫迦ばかに軽い、何かと思ってあけて見ると、「朝日」の二十入りの空あき箱に水を打ったらしい青草がつまり、それへ首筋の赤い蛍ほたるが何匹もすがっていたと言うことです。もっともそのまた「朝日」の空き箱には空気を通わせるつもりだったと見え、べた一面に錐きりの穴をあけてあったと云うのですから、やはり半之丞らしいのには違いないのですが。
ところが、徳次はぽかんとした表情を浮かべたきりだつた。
と、練吉は急いで云つた。
「理窟があるやうな無いやうな話でね。こゝの隠居は相手にならなかつたから、たうとう訴訟といふ所まで来たんだらうが、何しろ相沢の先代とこゝの隠居とは兄弟だしね、――どんな理窟があるにしてもあまり賞めた事ぢやないね」
「なあ、先生」