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「知吉さんはこれまで散々踏みつけられて来たんだから、自分が戸主になつてみるとこれまでの腹いせといふ気もあるんでせうな」
日は高く上つて、噎むせるやうな温かい空気が、時々、風の工合で河原の方からやつて来た。徳次も切り上げて来た。三箇の魚籠びくを中にして、頭を並べて獲物を見せ合つた。
房一のまはりには三人の男が立ちかこんで、黙つて治療の様子を見まもつていた。背中をむき出しにして横向きに寝た男は、傷を洗はれるときに呻うめいた。血の気の引いたその顔にはどす黒い蒼白さが現れた。
又とぎれた。
ところが、徳次はぽかんとした表情を浮かべたきりだつた。
「君達は一体何者だ!」
来客の間にほつと寛くつろいだ空気が流れ、直造が袴をさばいて立ち上らうとした時だつた。
そこから元来た路を引き返した房一は、行きがけには通りすぎた千光寺の山門を潜つた。広い人気のない寺庭には九月の日が明く冴えて、横手の庫裡くりに近い物干竿では真白な足袋が二足ほど乾いてぶら下つていた。そのしんとした庭の中をまつすぐに庫裡の方へ横切つてゆくと、いきなり
いつの世にも、温泉場に来るものは病人と限ったわけではない。健康の人間も遊山ゆさんがてらに来浴するのではあるが、原則としては温泉場は病を養うところと認められ、大体において病人の浴客が多かった。それであるから、入浴に来る以上、一泊や二泊で帰る客は先ず少い。短くても一週間、長ければ十五日、二十日、あるいは一月以上も滞在するのは珍しくない。私たちの若いときには、江戸以来の習慣で、一週間を一回まわりといい、二週間を二回りといい、既に温泉場へゆく以上は、少くも一回りは滞在して来なければ、何のために行ったのだか判らないということになる。二回りか三回り入浴して来なければ、温泉の効目はないものと決められていた。
間もなく千光寺の山門を出た房一は、殆ど人通りと云つてはない一本町の本通りを更に上手へと歩いて行つた。両側には軒の低い、一体どんな商売で暮しを立てているのか判らないやうな、古障子を閉めきつた家が並んでいた。その間々にちつぽけな、素人しろうとくさい塗り方をしたニス枠の飾窓に、すぐに数へられる位にばらつと安物の時計を並べた家や、埃の一杯かゝつている雑穀屋の店さきなどがはさまれていた。まつ昼間だと云ふのに、通りには殆ど人の気配がなかつた。或る家の前の土間では、犬が一匹、その犬は捲の尻つぽをくるりとさせたまゝ、腹を地につけて坐りこみ、いかにも興味がなささうな、誰か通るから見てやるんだぞ、と云ふやうな様子で房一を眺めていた。その少し先きの家の縁側では女の子が二人、くたくたに古くなつて、紅いつけ色の滲んだ布ぐるみの人形をいぢつていた。口を利かなかつた。たゞ肩さきを擦りつけて手さきを動かしているだけだ。それで、寝かされたり、起されたり、とれかかつた手をぶらんとさせたりする人形よりも、黙りこくつてそれをいぢつている女の子達の方が、この薄ぼんやりした通りに似合つて、もつと人形染みていた。
一人前の医者になるといふことは、何等の学歴もなく又資もとでもなかつた房一にとつては困難をきはめた仕事であり、それだけに心の全部を惹きつけていたものだつたが、今その峠に達してみると、更に前方に見えて来たいくつかの峠が彼の新しい野心を惹きはじめていた。その野心の目的といふものも、彼が東京の市内で散見することのあつた大病院の院長とか、或ひは病理学研究の名声赫々たる博士とか、さういふ粗雑なものにすぎなかつたが、それは名声が彼にとつて魅力があり、院長の威厳が彼に好もしく思はれたのではなく何かしら内部に溢れる野気が単にさういふ粗雑な形の中にその吐け口を見つけようとしたのであつた。
「大石の御老人は見えんやうだな」
と、道平は云はれた通りに腰を下さうとして、椅子の円々とふくらんだ真新しい天鵞絨びろうどの輝きに目をとめると、しばらくまじまじと眺めていたが、もう腰をかけるのは止めてしまつた。やはりゆつくりした様子で立つている。