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「いや、どうぞ構はんで下さい」
「ふん」
と手早く切り上げて、堂本の家を出た。
「うん。青島陥落の、ほら、旅団長閣下だよ」
「今、あんたの便をしらべてみたがね」
それで安心したやうに引つこんだが、しばらくすると又のぞいた。
その時、道平がのつこりと診察室に上つて来た。やはり尻はしよりの下から真黒い両脚を円出まるだしにしたまゝで。房一が考へこんでいるのを見ると邪魔をしてはいけないとでも思つたらしく、そのまゝゆつくり診察室の中を見まはして、何か口のあたりをもぐもぐさせた。それから、医療器具棚に近づくと、そのうるんだはつきりした眼で熱心に中をのぞきこんだ。そして又、口のあたりをもぐもぐさせた。それはこんな風に云つているやうであつた。
こゝの当主はもう七十近い老人だが、まだ郡制のあつた先年まで郡の医師会長だつた人で、この地方での一二と云はれる有力者でもあつた。それに相当な地主だ。その政治上の勢力や小作人関係などからきている彼の家と患者との関係は一朝一夕になつたものではない。今では老医師の正文は半ば隠居役で、息子の練吉といふ若医師が診察の方はひきうけているのだが、中には「老先生の患者」といふ者もある位だ。
「何しに来た?」
「何でもないぢやないかね、君から聞いたとほりだ。心配することはないと思ふな」
「あんたは鮒をたべなさるかね」
と、小谷が云つた。
「いつたい、今日は何ごとかの」