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彼は自信を失つた。それにこの苦痛と動揺は明らさまに説明しにくい、説明したところで判つてもらへない種類のことだつた。房一はそれを盛子の妊娠の揚合にも経験した。
「まあ、――上の町の大石さんとこ位は行つとくのもよからうが」
「はン」
「うん、あの程度だと別に影響はないんだらう」
「よし。――さうしとかう」
この町に一体火事なんて、いつあつたらう。たしか、三年前に一度、そして去年の春さきに小火ぼやが一度、それも藁火が離納屋に燃え移つただけのことで、それだのに殆ど町中がいや近在からも山を越して人が集り、提灯ちやうちんが集り、大変な騒ぎだつた。めつたにないどころではない、他のことは忘れても、この殆ど珍重すべき火事は、そのあつた年も、場所も火元の蒼白な顔も、ありありと覚えこんでしまはれるのだつた。
見たことのない顔だつた。患者なら玄関から来る筈だ。
彼はそれを云ひに来たのだつた。
「じゃそのお松まつと言う女はどうしたんです?」
「おれは!――」
病人は十七になる相沢の一人息子で、県庁のある市の中学寄宿生だつたが、軽い肋膜炎でかなり前から家でぶらぶらしているといふことは、昨夜来た使ひの者から聞いていた。
「何でもいゝから早くしてくれ。路をまちがへて大廻りしちやつたんだ」
「なるほどね」